中国・四国ブロック

障害者芸術文化活動広域支援センター



現場を巡る対談 vol.1

作成日時:2023年4月13日



 

 

 

報告者:阪井悠華(あいサポート・アートセンター)

 

 

 

Yさんは、鳥取市にあるアートを仕事にするB型事業所に週2回通い、作品の制作をしている30代の女性です。事業所の前身であるアート教室に高校3年生から通い始め、10年以上アート活動をされています。 Yさんは「ことば」で作品を制作するアーティストです。思いついた言葉をそのまま紙に書き、それを等身大の自身の模型や腕の模型に貼り付けるといったスタイルで作品を制作、発表をされています。Yさんの作品は「夢をつかむまであきらめない」「一緒にいこうぜこの先のみらいへ」といった前向きな言葉や、気持ちがほっこりする言葉などがぎっしり綴られており、見る人の背中を押してくれるような作品です。 

 

 

[事例経過]

 

Yさんがアート教室に通い出した当初「ペンと紙があれば小さな絵をいっぱい描く、それが面白い」と母親から聞き、教室では毎回画用紙を用意されていました。しかし、画用紙に絵の具で絵を描くことはあっても、母親から聞いていた “小さな絵” を見ることはできなかったそうです。次第に描くものがなくなったという感じで棒人間が出てきた時に、スタッフが「絵の具じゃなくてもいいんだよ」と声をかけ、普段使っているペンやボールペンに替えることを勧めました。画用紙には絵の具で描かなくてはいけない、と思い込んでいたようです。 それからは、やってみたいことや本人の好きなことをスタッフが丁寧に聞き取り、それが作品づくりに活かされていきました。そして、アート教室から福祉事業所に変わってからは、初めて自分以外の人のものづくりを垣間見ることになり、制作の幅が広がっていったようです。 

 

 

[取り組みの内容]

 

アート活動の中で、他の人が文字を使った作品を制作しているのを見て「自分は字を書くことには自信がある」と文字を書き始めました。最初は、書いた言葉の付箋を画用紙に貼っていましたが、画用紙ではせっかくの言葉の魅力が埋もれてしまうのではないかと、スタッフがYさんの等身大模型に貼るアイデアを出し、今の作品のスタイルが生まれました。作品を展覧会で発表すると非常に好評で、それを見て本人も自信を深めていったようです。

 

 

[まとめ・今後の展望]

 

昔のYさんは、どちらかというとポジティブな方ではなく、人前に出ることや自分のことを話すのも苦手だったそうです。しかしアート活動を始めて、特に事業所での他のメンバーとの関わりや制作の中で、プラスになる経験をたくさん積み上げてきたことで、どんどん自分の良さを出していけるようになったようです。今では、NHKで特集されるなどマスコミ対応もそつなくこなし、商品撮影のモデルもできるマルチな才能を披露されています。

 

 

 

 

 



 

 

 

【現場を巡る対談】

 

 

話し手:阪井悠華

   (あいサポート・アートセンター)

    妹尾恵依子

   (アートスペースからふる)

    保田香織

   (広島県アートサポートセンター)

    

聞き手:岡村忠弘(パスレル)

 

 

 

 

 

 

 

アートは表現のためのひとつの手段に過ぎない


 

 

− 妹尾さんとYさんはどれくらいの付き合いなんですか? 

 

 

妹尾  高3くらいからなのでもう15~16年くらいです。「からふる」の前身はアート教室だったんですが、その教室が始まった年からきてくださっています。小学生時代の彼女の姿も見ているので本当に長い付き合いです。 

 

 

− 今回、Yさんの事例を紹介しようと思った理由は?

 

 

阪井  妹尾さんが地元の新聞に何人かのメンバーさんのことを取り上げて記事を定期的に掲載していたんですが、それを読んだときにどんな作品なんだろうというのがまず気になりましたね。あとはどういう風に変化をしていったのかというのも気になったところで、そのことを聞いてみたいという私の興味から入ったところがあります。 

 

 

− 活動を通じて、その人の性格や生活の中でのご家族の関わり方が変わっていったっていう事例というのはたくさんあると思うんです。作品が生まれなくても良くて、その過程が僕は大事なのかなと。だから「からふる」という場所で妹尾さんと一緒に作り上げていく過程を体験することでYさんが変わっていったのかなと。

 

 

妹尾  私の事業所はアート作品を作るのが仕事ということを謳っている事業所ではあるんですけど、私自身はあまりアートの力っていうのを信じていなくて。アートをやるからいいんだっていうことを言うつもりもないんですよね。アートは手段であって他にもいろいろな方法があると思うんです。なかなか言葉にするのが難しい人たちや言葉の獲得ができてない人も多いし、しゃべるのが苦手な方も多いので、そういう人たちにとっては作品作りっていうのはゆっくり自分を外に出すっていう意味でいい手段だなと思っています。それは文章でもいいし、音楽でもいいし、ダンスでもいいし、何でもいい。私が彼らに指導できるのがたまたまアートの制作だったからこういう形になっているだけだと思っています。また、一長一短だなと思いながらやっているところもありますね。学生時代は生活にまとまりがあって親の言うことも聞くし施設での立ち振舞いも良かった方が、アート活動に取り組むことで、今まで「こうじゃないといけない」と信じていたことが崩れたりするんですよね。それで混乱したりすることもあるんですが、それでも世の中からその人が評価を得たりすると、家族は大変だけど支援しようという気持ちにもなっていく。

 

 

 

 

 

 

ご家族との関わりの中で大切にしていること


 

 

− アートというのはひとつの手段なんですよね。たとえば別にスポーツでもいいわけで、その方の生活がよくなっていったり何かが変わるキッカケとして、たまたまアートがはまったということだと思います。また、活動を通して状態が悪くなったりとか、親からみてお利口さんだった方が、アートに触れたことによってちょっとまとまりのない子になるとかも、それは私たちでもあることじゃないですか。「遅れてきた反抗期」みたいな人だっているわけで。ゆっくりと流れる時間をどれだけ我慢して支援者が見ていくことができるかというところだと思います。

 

 

保田  「作り上げていく過程」がアートの魅力だということを感じています。「アートをしない」っていう選択肢ももちろんあっていいのに、どちらかというと支援者が用意をしすぎていて、なにかしないといけないような雰囲気を作ってしまうのは嫌だなと感じています。でも、この事例はマスコミにも取り上げられたりして評価を受けた人たちの一つの事例でもあり、わかりやすいなと思いました。評価されないけどひたすら作ることが好きで続けておられるアーティストさんもおられるので、作ることがとにかく好きで続けておられるといった事例も取りあげていけたらいいのに、ということも感じました。

 

 

− ご家族も変わっていったところはありますか?

 

 

妹尾  私たちが目指しているのは「アーティスト」として独立してもらうということが実は大きな目標で、そのための支援をご家族ができるようになってほしいということが最初からあったんですね。だから、作品展があればその準備や片付けにもできるだけ参加してもらって、額の入れ方とかヒモのかけ方とかそんなことから触れてもらえるような機会を作るようにしていました。Yさんのお母さんは積極的にそうした場面にも参加してくださっているんですが、有名になりすぎるのが心配という部分もあって、今はあまりフィーチャーしないでほしいというふうにお母さんは思われているみたいなんですね。本人はもうどんどん前に出たいという感じなので、そこのマッチングをどうするかなというのは今後の課題です。

 

 

 

 

 

 

それぞれの個性に応じた「説明書」をつくる


 

 

− 絵を生業にして生活していきたいと言われる方からの相談は結構あるんじゃないかなと思います。そのとき助言できることは、「こんな公募展がありますよ」とか「どこそこに出展されてみてはどうですか」といったようなことが多いのではないでしょうか。この議題についてパスレル内部で話し合いを重ねていく中で、自身も現代美術作家である土谷享(パスレル芸術文化活動支援コーディネーター)が、「アーティストのみんなは、絵で生活をしていくために自分で交渉して安い展覧会場とかを探してきたり、ビラ配りをしたりといった地道な作業をやっているんだよ」という話をしていたんですね。土谷は、障害のある方に公募展の話を伝えるだけではなく、そういったアーティストの実情をも教えていかないと、将来独立していくことはなかなか難しいのではないかということを心配しているんですね。お腹がすいてる人におにぎりを与えるような支援ではなく、そもそものお米の作り方からきちんと教えるというところをしないといけない、というわけです。

 

 

阪井  確かにそうですね。個人でアート活動をされている方から直接あいサポートセンターに相談のお電話をいただくこともあるんですが、どこから手をつけていいか分からないとか、お金の管理をどうしたらいいんだろうとか悩みはいろいろです。あと、会場の問題や展示の準備が一人でできるのかとか、やっぱりそういったところを考えて諦めている方が多いということも感じています。

 

 

− Yさんは、自分ではどんどん前に出ていきたいと思っているけど、お母さんにはあまり有名になってほしくないという思いがある。そこに折り合いをつけていくのは難しいですが、Yさん自身は今後有名になって絵で生計を立てていきたいと思っているんでしょうか?

 

 

妹尾  そうですね。ユーチューバーになりたいとかそういう華やかな世界に憧れているのはすごくわかるんですけど、どこまで本人が頑張れるのかなっていうのを今見ているところです。あと、彼女のできるところがどこまでで、ここからは支援が必要ですよっていう「説明書」を作るのが我々の仕事だとも思っているんです。会場を借りに行くとかそういうことはおそらく彼女にはできないだろうから、それをもしできる人が支援してくれたら、この部分は手伝ってあげてくださということがわかる「説明書」です。

 

※この対談は、令和3年度障害者芸術文化活動普及支援事業の一環として行われたものです。