現場を巡る対談 vol.2
作成日時:2023年4月14日
報告者:髙橋修(香川みんなのアート活動センターKAGAWAMOVES)
Kさんは、自閉症スペクトラムにより、他者とのコミュニケーションが苦手な19才の女性です。自閉症スペクトラムの影響により、他者との関わりの中で、不必要に大声を出したり、行動が荒くなり、他の利用者やスタッフを叩くなどの行動が見られていました。
[事例経過]
自閉症スペクトラムの影響により、他者との関わりが苦手で、自分に注目してもらう際に適切な言葉を使用することができず、暴力的な行動や大声を出したり、物を壊したりする行動が多く見られた。養護学校卒業後の進路を決める際も、これらの行動の為、事業所の受け入れが難しいことがあった。本来は自分の気持ちに気付いてもらいたい行動なので、その部分を上手く引き出すことにより、本人に自分のことをスムーズに表現してもらい、周囲とのコミュニケーションをスムーズにとることができるようになれば良いのではないかということとなり支援を行った。
[取り組みの内容]
周囲がビックリするような大きな声も音楽(ロックなど)の中ではごく普通な音量となるので、それを受け入れて肯定する事により、本人に大声の適切な使用法を身につけてもらい、周囲とのコミュニケーション力を高めてもらう。音楽活動による自己肯定感を高めることにより伝える表現力を高め、暴力的な行動の減少を目指している。
[まとめ・今後の展望]
音楽活動での自由な自分の表現は、彼女にとって喜びや自己肯定、自己実現を高める良いきっかけになっている。今後はこの活動を通じて、時間や場所にとらわれないスムーズな行動をより後押しできるように支援を行っていきたい。
【現場を巡る対談】
話し手:髙橋修
(香川みんなのアート活動センター
KAGAWAMOVES)
阪井悠華
(あいサポート・アートセンター)
妹尾恵依子
(アートスペースからふる)
保田香織
(広島県アートサポートセンター)
聞き手:岡村忠弘
(パスレル)
音楽のもつ力
ー 自閉症スペクトラムの方に対して、ロックという媒体を通じてその方の特徴を強みに変えていった事例だと思います。私たちの運営している事業所にも自閉症の方がおられますが、こういう活かし方はすごく大事だなと思いました。安心感というか、安全基地を作ることの重要性みたいなところがわかりやすい事例ですね。
阪井 本人が周りの人に認めてもらった感とか、自分がここにいていいんだっていう安心感みたいなものが音楽とハマったところもあると思うんですが、周りの方も否定から入るんじゃなくて彼女のいいところを上手に生かした支援をされたんだなっていうのをすごく感じました。
ー どれくらいの期間で落ち着いてきたんですか?
髙橋 それが、あっという間に落ち着いたんです。学校でやっていた音楽とは全く違い、ロックは何をやっても大丈夫なので、どこで叫ぼうかどこで太鼓をたたいてもいいんです。何でもいいよ、ということであっという間に、ずっと前からいる人みたいな感じでバンドにも馴染んでいった。本当に彼女に合っていたんだと思います。
妹尾 良い出会いがあってよかったなと思います。乱暴だったり大きい声を出してしまうことで周りとうまくやっていけていなかったころは、本人はしんどかったというか、生きづらさを感じてたんだろうなと思います。自閉症の方は私たちが想像できないぐらい不安定な世界に住んでいると私は思っていて、視覚情報や聴覚情報も多分私たちとはずいぶんと違う状態で脳に入ってきていると思うんですね。もうなんか叫ばずにはいられないんだろうなと思うんですが、それを禁止されてしまうのはもう本当に苦痛でしかないだろうと思うので、いい出会いがあってすごく良かったと思います。
ー 現在は何かを壊すといった行為は無いんですか?
髙橋 今は何も壊しません。何かちょっと悪さするよっていうサインを出して、スタッフさんがそれはダメだよ、コラ待て~なんて追いかけて、キャッキャキャッキャと逃げていく…といったような、楽しい遊びに変わっています。別に悪さしないんです。だからなんかしてやるぞみたいなことをしようとするんですけど、スタッフさんがやってはダメでしょ~みたいな感じで言って、本人がワーって笑いながら逃げていってそれを私たちは追いかける。私たちも笑いながらコラコラ~って追いかける。ちょっと変なコミュニケーションですけど、そういうこともできました。
ー 「音楽」が生まれたことでその方も安心を得て、スタッフも怖い人じゃないんだ、とかこの人にはこういう接し方をしたら大丈夫なんだ、という、何かの「共通言語」を与えてもらっているような感じを受けるんですよね。逆に、音楽を通じてみても難しいという事例はありますか?
髙橋 そういう方はやっぱり普通のバンドと一緒でバンド活動から離れていきますね。また、本人さんは喜んでいるんだけど親御さんがなんでもっと本人をフューチャーしないんだとか、自分の子を真ん中に持ってきてくれとかそういうこともありまして…。みんな平等なんですということで話しあったりもするんですが、ちょっと難しい事例とかもあったりしました。
「写実的な絵=良い絵」とは限らない?
ー 保育園や幼稚園の運動会の撮影に入っているカメラマンさんとかは、園児を誰一人漏らすことなく平等に撮らないといけないとかあるそうですが、昨今どの世界もうるさいんだなというところはありますね。
保田 親御さんや支援者の思いが強くて、本人の意思決定がないがしろにされやすかったりするということは、サポートしながらも感じることが多々ありますね。
ー 本人の意思決定をどうやって支えていくか。
保田 本人はただ「楽しいからやりたい」という思いが強いのですが、「写実的な絵=良い絵」といったような価値観で絵を習わせたいという親御さんが多いんですよね。だから、私たちのところの絵画教室では、絵が上手になるための「習い事」じゃないですよ、ということを前もって親御さんに伝えています。
ー Kさんのようにご家族も納得するような結果を出していくという、もしかしたら本人の意思決定の支えになったりするのかも知れませんね。たとえば音楽の経験によって暴力をふるわなくなったとか、絵を本人が自由に描くようになったことで無為自閉に過ごされてた日中の活動が変わったとか、こういう言葉も出るようになったんですよとか…。親御さんの気持ちと私たち支援者の考えとの間に乖離はあるかもしれないですが、そういったことは妹尾さんの事業所でもありますか?
妹尾 癖のある、まさに障害者アートらしい絵を書かれる方が私たちの事業所にいるんですが、そのお母さんは写実的な絵を描くことを望んでいて…なので、お母さんに作品を見せるといつも「こんな絵ですか」という反応だったんです。そのうちお母さんが写実的な絵を書きたいという気持ちを持っていて、子供を通してそれを体験したいみたいなところがあることもわかってきて、今はそのお母さんにうちのアート教室に通ってきてもらってます。
その人なりの「シャウト」ができたらいい
ー 音楽にも絵画にも通じるのかなと思うんですけど、そうなっている背景には教育の問題もあるのではと思います。絵ならば写実的に描けていないとダメ、みたいな基準が刷り込まれていて、そこの教育から変えていかない限りはなかなか難しいじゃないかなと思っています。
髙橋 その人なりの「シャウト」ができたらいいと思うんですよね。ロックはその人のまさに心の叫びなわけですが、その叫びに対してああ君は上手だね下手だねと決めるのは、私にはよく分からないです。ああ、心の底から叫べているね!とか、そんな感じでいいのかなと思います。なんにせよ、うちはちょっと変わった活動をしているかなと思ってるんですが、みんな喜んで来てくれているので、それはそれでいいのかなと思っているところです。
一 阪井さんはいかがですか?
阪井 私も少しだけ学校で働いていたことがあるんですけど「評価」ってすごく難しいんですよね。学校での評価基準って一律っていうか差を示さないといけないというところもあるんですが、この子は本当はもっと評価してあげたいけど、ちょっと他の子と比べると…とか、そういうところも出てきてしまって。一人一人をちゃんと評価してあげるのって難しいなということは学校時代に思っていたことで、学校での評価基準と親御さんの評価基準って似ているなということを感じます。やっぱりそういったことから解放されて、自分の好きなようにやっていいんだよっていう環境に入ったとき、すごく楽しそうなんですよね。誰かに上手だねとか言われるために描いたり作っているというわけではないんだなということも感じます。そういうところで人って変化していくというか、自分の思いとかを自由に表現できる場があるから変化していけるんだなということを思いました。
ー 僕は絵とか下手ですが、こう描いたらうまいって言われるだろうなとか、こういうのを描いたらウケるだろうとか、社会的な打算みたいなところが入ってくる時点で僕はもうすでに絵を楽しんでないんだな…と思ったりします(笑)Kさんはまだ19歳とのことですが、今後はどうなっていくと思いますか?
髙橋 そうですね。もっと色んな人と出会っていろいろなところで演奏して、いろいろな経験積んでもらって、いっぱいおしゃべりしてもらったらいいなと思っています。いっぱい人に出会っていっぱい経験を積んでいくと、それでまた彼女の音楽も変わってくると思うんです。初めて見るお客さんとか初めて行く場所とかで演奏する時は、私たち支援する側も一緒にドキドキするんですが、そのドキドキ感というのを大事にしながら経験を一緒に積んでいけたら、それでまたいい感じになっていけばいいかなと思っています。
それぞれが考えるミライのこと
ー 絵を描くことや舞台芸術、音楽活動などを楽しんでもらえたらという思いの延長線上に、それを通じてこの人がこういうふうに変わっていってくれたらいいなということを想像というか、リンクさせて関わったりされていますか?
阪井 その方がアート活動することによってやっぱり何か変化が見られたら嬉しいなとは思って、それがいい変化なのかをよくない変化なのかちょっとわからないんですけど、その方の新しい一面が見れるというのはどういう形であれ嬉しいなと思います。
保田 私は、本人が生きていく中で出会う様々な場面のひとつにアートがあるということが、豊かになる手立てだと考えています。そして、仕事であれアートであれなんであれ、そんな場面の「引き出し」をいっぱい増やしていって、たくさんの人に支えられて生きていくことが私はいいなと思っています。なので文化芸術だけで変化を想像することは少ないです。
髙橋 いっぱい深く考えていたらいい音を出せなくなるので、行き当たりばったりじゃないかって言われるかもしれないですけど、あまりその人をどうしようかとかいうことは考えないようにしています。できるだけ楽しんでもらって、来ているお客さんにも楽しんでもらって、本人ももちろん楽しんで皆がいい感じになっていい空間を作っていければ、それで良いかなと思います。音楽でどうしようこうしようって考えたら何もできなくなるので考えないようにしていますね。
妹尾 私は割とその先まで考えちゃうっていうか。私が関わってきた人たちがそれこそ15年とか付き合ってきていて、割と高齢化してきている。ダウン症の人とかは老化が早いので、50歳くらいになったらもう老化の域になってくる。施設に入るのか在宅の支援になるのかとか、その後の人生をやっぱり思ったりもします。Yさんのお母さんが私の教室にはじめて来たときに最初に言われたのが、自分の方が先に死ぬだろうからこの子はいずれ施設に入ることになると思う。でも、施設で何もできない子じゃなくて、休み時間とかになんかコツコツ作れるような技術というか、そういう手先を養ってほしいということでした。もし彼女がこの先施設に入って何にもつくらなくなっても、あの人ってなんか若い頃すごかったみたいだよ、みたいな風に言ってもらえたほうが豊かだなっていうふうに思うので、そういうのが一つでも増えればいいなと思いながら支援してます。
※この対談は、令和3年度障害者芸術文化活動普及支援事業の一環として行われたものです。