現場を巡る対談 vol.3
作成日時:2023年5月1日
報告者:保田香織(広島県アートサポートセンター)
Aさんは脳性麻痺あり、車椅子を使っている40代男性です。仕事も熱心に取り組み、陶芸やダンス、一人で県内外問わず旅行に行くなど活発に動かれていましたが、40代に入り入退院を数回繰り返した後、健康や体力の不安から自信低下などが見られるようになっていました。
[事例経過]
健康の不安や自信のなさから、仕事を休む日やイベントなどの参加を断ることが増え、一人で行動することが少なくなってきました。当センターに電話がかかってくるようになり、今の自分の状況や気持ち、周囲に対する不満などを話しされることが増えていました。
[取り組みの内容]
まだ、体力に自信を取り戻せていない状況ではありましたが、電話をかけて来られるには理由があると考え、演劇のワークシプの参加を促し、ご参加いただきました。はじめは、支援者と一緒に参加されていましたが、2回目以降は一人で参加されるようになりました。劇団員の一人として、何度もの稽古や公演を体験するにつれ、表情も明るくなり、元々もっていた積極性や活動意欲、自信が徐々に戻っていきました。
[まとめ・今後の展望]
演劇に参加するようになってから、Aさんが当ンターに電話をかけてこられることは減っていきました。そのことから、Aさんの電話は「自信のない自分を切り替えたい」というSOSだったのかなと感じています。今、Aさんは表現活動だけではなく、生活面でも新しいことにチャレンジしておられます。多様な表現を受け入れてくれる環境は、人の心をほぐし、自己肯定感を育むことができることを改めて実感しました。
【現場を巡る対談】
話し手:保田香織
(広島県アートサポートセンター)
阪井悠華
(あいサポート・アートセンター)
妹尾恵依子
(アートスペースからふる)
髙橋修
(香川みんなのアート活動センター
KAGAWAMOVES)
聞き手:岡村忠弘
(パスレル)
芸術文化活動における演劇の効果と魅力
― なかなか付き合いの長い事例で、保田さんの想いもこもっている事例なのかなと思いますが、この事例にしようと思った理由とかありますか?
保田 障害のある方って割とご家族でお住まいの方が多いんですけど、一人暮らしをするにまで生活が大きく変化したという事例だなと思い、提示しました。出会いにより、同じような障害を持っている人たちも独立して生活しているということを、自分で情報収集して、できる方法を自分なりに考える機会になったこともあると思います。
― 演劇ではどんな役をやられているんですか?
保田 カッパの役をされています。メインの役どころではないけれど、演劇って一人一人の役が一つずつ大きいんですよね。主役ではないですがその役がないと成り立たない。だから、そこで自分の存在とかを何気なく感じてこられたんじゃないかなと、Aさんの行動を見て思っています。
ー 高橋さんはこの事例をについて思うことはありますか?
髙橋 そうですね。私の知らない世界のお話を聞けて嬉いなと思って聞かせてもらっています。自分を表現する場所があるって素敵なことかなと思います。それでやっぱりそれが実現することで前向きな気持ちになれるいうのは、いろいろなジャンルでも共通しているのかな思って聞かせてもらいました。
ー 一人一人の役割があるということも大きいと思うんですが、それと並行して、たとえば劇団員の仲間ができたとか、たとえばこれが絵画教室で通う仲間でも良かったのか、それとも劇団の演劇が良かったのかとかなどはありますか?
保田 この方は演劇でよかったと思っています。障がいの有無に関わらず年下から同世代まで幅広い世代の方が関わっていること。あと割と麻痺があって言葉が出にくどみんなセリフが出るまで待ってくれる環境、ステージという今までにない空間に置かれた中で表現をするという緊張感など初めての体験だったので、Aさんにとって刺激が大きかったんだろうと思います。
阪井 演劇ってみんなで作り上げていくという感じがあるので、その周りの方と一緒にコミュニケーションを取りながらやっていくという面では一人で創作活動をするのとは少し違うのかなと思いました。一つの役が与えられる事で自分に役割が与えられるというのは普通に私たちでも嬉しいことだと思うんですが、役割が与えられることで責任感だったり自分も参加してるという喜びが感じられたのではないでしょうか。そういう面では、その方と演劇とがすごくマッチしたんだと思います。
妹尾 レポートに自己肯定感が高まったり、変わりたいっていうSOSだったんじゃないかという一文があったと思います。変わりたいけれど年齢や障害を理由に自己肯定感が下がっている自分に対して、演劇というペルソナ的な仮面をかぶり、「自分ではないものを演じる」ということがハードルを跳び越えるのにとても楽だったんじゃないかなって思います。しかも、チームがあってみんなが自分を待っていてくれるということも自信になっていてすごく良い効果がある。いいサイクルにハマったんだなと思い、すごく幸せな気持ちで聞かせてもらいました。
※この対談は、令和3年度障害者芸術文化活動普及支援事業の一環として行われたものです。